結婚式を挙げると一言にいっても、事前準備を考えると予定立てて挙式することが多いものです。
その一方で、身内の不幸は予想だにしないタイミングで起きてしまう事もしばしば。
結婚式を控えている中で、不幸が起きてしまった場合は挙式を予定通り挙げてもよいのでしょうか?
喪中期間に結婚式を挙げる事について、徹底解説をしていきます。
目次
抑えておきたいのは喪中と忌中の違い
身内に不幸が起きると、喪中になるわけですが実は忌中と喪中の違いがあったり故人との関係性で期間が変動する事を御存知でしょうか。
忌中と喪中の違い
まず、喪中と忌中についてですが故人が召されてからの期間で分けられます。
不幸があった時から起算して仏式ではいわゆる四十九日まで、神式では五十日祭まで、キリスト教であれば一カ月後の昇天記念日または五十日祭までの期間を指して忌中とするのが一般的です。
一方、喪中が指す期間は不幸があってから1年間とするのが一般的です。
しかし、期間が1年となるのは一親等という考え方もあり二親等(兄弟や姉妹、祖父母)の場合は150日(または半年)が喪中期間となる場合もあります。
喪中期間に関しては、宗教問わず1年間という考え方が一般的です。
挙式を挙げるべきか否か
一番気になるのはやはり喪中や忌中に挙式を挙げてよいのかどうか、に尽きると思います。
実も蓋も無い言い方をしてしまえば、「ケースバイケースである」という答えが一番しっくりきます。
もちろん、そんな答えは期待していない!とお思いの方が多いかと思いますので、ケース毎での一般的な考え方をご紹介していきますので、どのケースが一番近いかな?と考えつつ参考にしていただけたらと思います。
①忌中期間(四十九日以内)の挙式
まず、四十九日以内が挙式予定日であるケースについて。
一般的な考え方としては「挙式を挙げるべきではない」と言われる事が大半のようです。
忌中期間に祝い事をする事は忌避感が強く、親類や結婚相手の親族から反対されるようであれば、無理に挙式を挙げてしまう事は控えた方が良いでしょう。
しかし、ケースバイケースであると書いた事に繋がりますが忌中期間であっても挙式を挙げるケースも状況によっては問題が無いケースもあります。
これは、後述するケース全てに共通する条件になりますが・・・
【当人同士、両家の両親、出席者が挙式に賛同】しているのであれば、仮に忌中であっても挙式を挙げる事は可能です。
例えば、故人の遺言で挙式は予定通り挙げてほしいと言っていて、その旨を相手両親に告げて賛同してもらえるのであれば、挙式を挙げるというケース。
注意したいのは、挙式方法や挙式への招待客の人数です。
盛大に結婚披露宴を行う予定で、数多くの招待客を呼ぶ予定であった場合は痛い出費が発生しても、忌中であれば延期するほうがベターです。
②喪中期間の挙式
こちらのケースも一般的には避けた方が良いとされています。
しかし、昨今では忌中を過ぎてしまえば挙式をしても問題ないとする考え方が強くなってきている為、一概には言えなくなってきています。
やはり、一番大きな問題点は両家の中で共通認識として問題がないか?という点です。
考え方の部分が大きい問題なので、比較的若い世代を中心に喪中でも問題ないという風潮になってはきていますが、やはりご年配になればなるほど忌避感が強い傾向にあるので注意が必要です。
強い忌避感は、信心深い方や年配の方に多い傾向があります。
③神道の場合
両家共に神道を信仰している場合はどうでしょうか?
詳しくは後述しますが、神道においては五十日祭を終えると忌中明けの儀式を行います。
清祓いの儀という儀式を終えれば、通常の生活が戻るとされていますが忌明けを五十日とする考え方と、一年祭を終えた一年後とする考え方とがありますのでやはり両家の間でよく相談して挙式を挙げる必要があります。
④ちなみにキリスト教であれば
では、両家共にクリスチャンだったケースならどうなるのでしょうか?
キリスト教において、人の死は昇天。
遺族が悲しみに暮れる事は同じでも、死に対しての捉え方が全く異なります。
ですので、キリスト教徒のみで行う挙式であれば忌中であれ喪中であれ挙式を挙げる事に大きな問題はありません。
但し死後に、前述した昇天記念日や五十日祭がありますのでそれらを終えてから挙げるのかどうか、両家での相談が必要でしょう。
宗教・考え方で大きく変わる喪中・忌中での挙式問題。
しかし、日本では広く一般的に避けるべきであるという風潮があります。
では、何故喪中や忌中での挙式はタブー視されているのでしょうか?
ここからは、宗教的観点や歴史的観点からこの風習が日本に色濃く根付いている理由について解説していきます。
喪中や忌中の意味するところ
忌中に対する考え方 神道と仏教での差異
①忌中~神道~
まず、忌中について神道ではどのように考えるのでしょうか?
神道の死生観では、人=神の子 死ぬ=神の世界へ還る 死後=子孫の守護神へ
このような考え方をします。
神道における死は「けがれ」ですが、これは穢れという意味ではありません。(諸説あり、穢れであるとする考え方もあります)
故人を失って気落ちした遺族を指す言葉で、気が枯れた状態=気枯れ(けがれ)です。
この期間、遺族は悲しみによって生命力が減退した状態であると考えられています。
五十日祭と、清祓いの儀を行う事で通常の生活に戻ると考えられていますが、故人が守護神へと昇華するのは一年祭後になります。
②忌中~仏教~
一方、仏教では忌中はどう考えるのでしょうか?
一口に仏教と言っても宗派ごとに解釈が若干違う為、一般的に共通する考え方をご紹介します(浄土真宗は異なる考え方となります)
仏教において、人が死ぬと四十九日間(7週間)この世とあの世を彷徨う事となります。
この期間、遺族は故人の冥福を祈る期間となります。
何故、冥福を祈るのか?
彷徨っている故人を極楽浄土へと導くためとされています。
ちなみに、祈る事で極楽浄土へ必ず導けるわけではないと考えられており、生前の行いによって行先が変わるという考え方が仏教の一般的な考え方です。
喪中に対する考え方
では、喪中に関してはどうでしょうか?
①喪中~神道~
故人が時を経て子孫を見守る守護神になるという考え方を持つ神道。
神道において、喪中という考え方そのものはありませんが禁忌という意味では近い考え方があります。
地域などで差異はあるものの、一年祭を終えるまでは鳥居をくぐってはならない、とする禁忌があるので、禁忌という意味合いで喪中に結び付けて捉えられている可能性がありますね。
②仏教~喪中~
実は、仏教において喪中という考え方は明確に存在しません。
四十九日法要までは宗教的概念として大きな意味を持ちますが、仏教はそもそも死後の安寧を目指す概念であり、遺族が何かを慎まなければならないという考え方は四十九日までの冥福を祈る事や、墓参りくらいです。
喪中はなぜ浸透した?
現代日本において、国民の大多数は無宗教かなんとなく仏教かな?という事が多いはず。
しかし、その仏教ではそもそも喪中という考え方自体はありません。
何故ここまで喪中という概念だけが独り歩きしているのでしょうか??
①概念の基礎は神道
日本は仏教伝来以降、仏教が根強いイメージがありますが実は神道の考え方は仏教伝来後も支持され続けてきました。
死を気枯れ(穢れ)として忌む考え方はまさに神道が基礎となっています。
②喪中は法律で定められていた!?
現代では、よくは判らないけどなんとなく知っている喪中ですが日本の歴史を紐解くと法律によって喪中を定められていた事がわかります。
古くは奈良時代の「養老律令(ようろうりつりょう)」
これは、公家社会での喪中規定が定められていました。
江戸時代には、武家を対象に定められた「服忌令(ぶっきりょう)」が定められました。
やはり、喪中での規定を定める内容でしたが養老律令とは別に武家用として定められたことで、二つの喪中法律が存在していた時代がある事になります。
時は流れて、明治7年。
ついに我々一般人をも対象とした国としての法律「服忌令(ぶっきりょう)」が発令されました。(明治政府の成り立ちを考えると、武家用の法律と同じ事も納得ですね。)
この法律、なんと昭和22年まで存在していました。
内容は、まさに忌中期間と喪中期間を親等数に応じて定めていて喪中期間も最大で13か月と定められていました。(亡くなった月を数え月とした為)
喪中が風習・慣習として現在にも残っている背景には、神道の考え方をベースとした法律が定められていた事が密接に関係しています。
つまり、昭和22年の法令撤廃までの世代は「国が定めているのだから」とまさしく当たり前の事として喪中や忌中を順守していたわけです。
それが、親から子へ風習として伝わっていき法律が無くなった今でも明確な理由は判らないけれど、不明瞭な「常識」と化していると言えます。
まとめ
・忌中は避けた方がベター
・重要な事は関係者の共通認識
・喪中の挙式は挙げるケースが多くなってきている
・宗教や考え方で大きく変わる
いかがでしたでしょうか?
喪中・忌中での挙式を挙げる事は忌避感が強い事は確かですが、厳密に言えば禁じられているわけではありません。
しかし、挙式を挙げる事に対して眉をひそめる方が少なくないのもまた事実です。
二人の大事な挙式です。
祝ってくれる全ての方に心から祝福される為にも、喪中・忌中で挙式を挙げる際には、最低でも両家親族で話し合いを設けて、挙式を挙げる事への理解と承認を得る事が一番大事な事ではないでしょうか?