【蛍の光の歌詞の意味】原曲のスコットランド民謡から!!3番4番が歌われない理由も紹介!

 

日本ではいつの頃からか卒業式や別れの際には『蛍の光』を歌ったり、曲が流れたりしますよね。

 

だからでしょうか、個人的にも『蛍の光』を耳にするとなんだか淋しく、切ない気持ちになってしまいます。

 

 

このように日本人には非常に馴染み深い蛍の光が実はスコットランド民謡が原曲なのはご存知でしょうか?

 

今回はこの蛍の光の歌詞の意味や3番4番が歌われない理由など、蛍の光の秘密について色々とご紹介したいと思います。

 

目次

『蛍の光』の由来と意味

 

 

蛍の光は日本人なら誰もが一度は耳にしたことがある歌であると言えますが、その由来と歌詞の意味を本当にご存知の方は多くはないでしょう。

 

ということで、由来や歌詞の意味をご紹介します。

 

①原曲はスコットランド民謡

蛍の光の原曲は『オールド・ラング・サイン』(Auld Lang Syne)といい、1778年にロバート・バーンズという詩人がスコットランドの民謡に歌詞を付けたものです。

 

 

こんなに有名な曲にも関わらず、諸説ありますが作曲者は不明のようです。

 

ちなみに、この「Auld Lang Syne」はスコットランド語で英訳すると「old long silence(久しき昔)」という意味です。

 

日本の歌詞とは題名から随分違いますよね。

 

②原曲と日本語の歌詞は違う

蛍の光がこんなに日本人に親しまれるようになったのは、1881年(明治14年)に日本初の音楽教科書である『小学唱歌初編』に登場したことがきっかけです。

 

この時、歌詞はスコットランド語の歌詞をそのまま日本語訳したものではなく、中国の故事を元にして新たな歌詞が付けられました。

 

その為、原曲と日本語の歌詞の意味は全く別物なのです。

 

③原曲の歌詞の意味

(原曲と日本語直訳)

Should auld acquaintance be forgot, 

忘れがたき古き友よ  

And never brought to mind?

思い出すことがなくとも

Should auld acquaintance be forgot

忘れがたき古き友よ

And auld lang syne?

どれだけ時間が経とうとも

 

この次にコーラス部分がくるのですが、その歌詞を見てみると、原曲は別れの歌ではなく、「古き良き友人に再会し、お酒を飲みながら昔の話をして楽しむ」という様な内容になっています。

 

『蛍の光』の日本の歌詞の意味とは?

 

 

さて、先にもご紹介したように、原曲の歌詞の意味を見てみると別れの歌ではなく、友人との再会した時の事を歌った曲のようです。

 

では、私達がよく知っているあの日本の歌詞は一体どういう意味なのでしょうか?

(日本語の歌詞)

① 蛍の光 窓の雪

書読む月日、重ねつゝ

何時しか年も、すぎの戸を

開けてぞ今朝は 別れ行く

② 止まるも行くも 限りとて

互に思ふ 千万の

心の端を 一言に、

幸くと許り 歌ふなり

 

(歌詞の意味)

① 蛍の光や雪に反射して窓から差し込む月の光を使って

書物を読む日々を重ねていると

いつの間にか年月が過ぎ去っていき

今朝は杉でできた扉を開けてクラスメートと別れていく

② ふるさとに残る者もふるさとから出るものも

今日限りでお別れということで

互いに思う何千、何万という

心の端々をたった一言

「無事で」とばかりに歌うのである

 

このように日本語の歌詞では、灯油も何も買う事ができないような貧しい学生が、蛍の光や雪に反射した月の光を利用しつつ勉学に励んだ結果、立派な役人になったという中国の故事を元にした歌詞になっています。

 

3番と4番が歌われない理由

 

私達が良く知る蛍の光は1番と2番ですが、本来は4番まであるのをご存知ですか?

 

では、なぜ3番と4番は歌われないのか少し調べてみました。まずは、問題の3番と4番の歌詞とその意味を先にご紹介します。

 

①3番と4番の歌詞とその意味

 

3番の歌詞:筑紫の極み陸の奥海山遠く隔つともその眞心は隔て無く一つに尽くせ國の為

(意味)
九州の果てであろうと東北の奥であろうと

海や山が遠く隔てたとしても

真心だけは場所に関係なく

ひたすらに力を尽くせお国のために

 

4番の歌詞:千島の奥も沖繩も八洲の内の護りなり至らん國に勲しく努めよ我が背恙無く

(意味)

千島列島の奥も沖縄も

日本の支配下にある

日本の支配が届かない国には勇敢に

「仕事」をしてください男性のみなさん、

どうぞご無事で

 

②蛍の光の歌詞が付けられた歴史的背景

蛍の光に日本語の歌詞を付けたのは稲垣 千穎(いながき ちかい)という名の、国学者教育者、歌人、唱歌作詞者、教科書編集者です。

 

明治10年頃に歌詞が付けられましたが、ちょうどこの頃はまだ西南戦争が終わって間もない時であり、つい最近まで徳川幕府であったという時代です。

 

まさに明治維新の最中であり、日本が大きく変化を遂げようとしていた不安定な時代に作られた歌詞なのです。

 

③3番と4番が歌われなくなった本当の理由

さて、この3番と4番の歌詞を見られてどう思われましたか?

 

要するに、『日本の為に尽くしなさい。男性は日本の領土を守りなさい。』という意味です。

 

この歌詞の解釈や受け止め方は十人十色ではあると思いますが、軍国主義を感じさせる歌詞が戦後は敬遠され、教育現場では歌われなくなったと言われています。

 

ただ、この歌詞を戦争とは一切関係なく、明治時代という怒涛の最中に生きた日本人の心を一致団結させたいという想いが込められているものだと称える方も多いようです。

 

『蛍の光』の意外な事実

 

 

実は蛍の光には以下のように私達が知らない意外な事実が沢山あります。

 

①蛍の光は世界的に有名

てっきり、スコットランドと日本くらいしかあまり知られていないのだろうと思いきや、蛍の光は世界的にとても良く知られている曲で、なんと世界で3番目に歌われている英語の歌としてギネス認定された程です。

 

ちなみに、1番目は日本でもお誕生日の時にはお馴染みの『Happy Birthday to you』で、2番目は日本人はあまり知られていませんが、『For He’s a jolly Good Fellow』という曲がランクインしています。

 

蛍の光が世界で良く知られる曲の背景には編曲がされ、多くの別の曲として生まれ変わっている点が理由かもしれません。

 

例えば、デパートやスーパーなどの閉店時間間際に曲が流れますが、一般的にあれは実際には『蛍の光』ではなく、『蛍の光』の編曲である『別れのワルツ』という曲なのです。

 

②かつては韓国の国歌だった

20世紀の始め、韓国では『オールド・ラング・サイン』に『愛国歌』という歌詞を付けた曲を国歌して歌っていました。

 

戦前まで歌われていましたが、戦後は大統領により『韓国幻想曲』という曲に替えらたという経緯があります。

 

③世界では色んなシーンで歌われている

日本では卒業式にもよく登場し、年末の日付が変わる直前に『蛍の光』が歌われる事が多いですよね。

 

戦時中の日本統治の影響もあってか、この習慣は韓国や台湾でも引き継がれており、同じく卒業式の定番となっています。一方、イギリスやアメリカなどでは別れの曲という扱いではなく、むしろお祝いの歌として歌われることが多いです。

 

その為、カウントダウンパーティーなど、年明が明けた瞬間にみんなで『オールド・ラング・サイン』を歌うようですよ。

 

日本とは随分対照的ですよね。

 

まとめ

・蛍の光の原曲はスコットランドに古くから伝わる民謡に歌詞を付けた『オールド・ラング・サイン』(Auld Lang Syne)である。

・原曲の歌詞の意味は『久しき昔』であり、古い友人と再会し、昔話に花を咲かせながら飲むという意味である。

・日本語の歌詞は中国の故事を参考にしてつけられたものであり、原曲の歌詞の意味とは全く別物となっている。

・蛍の光には4番まであるが、軍国主義を表しているとも捉えられる歌詞の意味が原因で3番と4番は歌われない。

・『オールド・ラング・サイン』は世界で3番目に多く歌われている英語の歌としてギネス認定された。

・韓国ではかつて国歌として歌われていた。

・日本統治の影響か、韓国や台湾でも卒業式の際に歌われることがある。

 

『蛍の光』は日本人にはとても親しみ深い曲だと言えますね。

 

しかし、その作詞が作られた背景には歴史的、社会的な問題が沢山あり、まさに怒涛の時代に翻弄された歌と言っても過言ではないのではないでしょうか?